日本弁理士会の活動
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令和6年度パテントコンテスト
特許庁長官賞、弁理士会会長賞 受賞者インタビュー
阿南工業高等専門学校

2024年度のパテントコンテスト(以下パテコン)は、阿南工業高等専門学校創造技術工学科機械コース5年(応募当時)の桑原怜光さん(※「桑」は「卉」に「木」です。)が優秀賞に加えて特許庁長官賞と日本弁理士会会長賞のW受賞という快挙を達成した。桑原さんが開発した「アームチャンピオン」は、腕相撲で利き手の異なる人同士が実際に対戦できる装置だ。
お父さんの影響で子どもの頃から腕相撲を楽しんできた桑原さんは公式競技にこそ参加していないが、地域のお祭りなどの腕相撲大会でトップクラスの成績を上げてきたという。高専に進学したのはコロナ禍の真っ只中、講義もリモートで腕相撲どころではなかったが、3年次から休み時間などに友人と腕相撲ができるようになった。その中で、右利きの桑原さんは左利きの強い友人と実力勝負ができないことに物足りなさを感じていた。その友人と対戦したいという思いから、卒業研究の自由課題のテーマとして、機械工学の知識を活かして利き手の異なる相手と勝負できる装置の開発を迷いなく選んだ。同校で知財教育も担当する西本浩司教授は桑原さんの最初のアイデアを見せられた時に「発想、実現しようとする手段に新規性、進歩性が認められる」と判断してパテコン応募を勧めた。桑原さんは「堅そうなコンテストなので、腕相撲の装置を出していいのかと思ったけど、せっかく作るのだから出してみよう」と応募を決めたという。
開発の最初の段階では、平歯車を用いて力を異なる方向に出力する仕組みを考えたが、歯車の位置をうまく調整できなかった。そこで考え出したのが、かさ歯車(ベベルギア)で力を逆転して伝える構造だった。一般的にかさ歯車は垂直方向と水平方向の歯車がほぼ90度の角度で組み合わされているが、アームチャンピオンではこれに垂直方向の歯車をもう一つ加えている。装置の両端にプレイヤーが握るグリップ部分があり、ここからかさ歯車に力が伝わる仕組みになっている。設計は3DCADで行い、動きをシミュレーションしては修正、改良していった。利き手の違う相手と対戦できる構造はできたが、実際の対戦では相手の腕を引きつける駆け引きが勝負を決めるポイントになることから、この動きを取り入れる方法を考えた。ここからが開発で苦労したところだったという。腕を引きつける水平方向の力を伝えるスライダを追加したところ、腕を倒す回転力と引きつける水平力が同時に加わると、スライダ軸がねじれて回転がロックされ、場合によってはねじ切れてしまうことがわかった。この問題を解決するために回転力を伝える主軸と水平力を伝えるスライダ軸を分離し、またスライダは真ん中で左右に分割した。最初に設計した1号機からスライダを加えた2号機に進み、課題解決の試行錯誤をしながら3、4号機と改良を重ねて、その過程で装置は複雑になっていった。5月に開発を始め、考えていた機能を実現できる5号機の設計が出来上がったのは8月初旬のこと。「やっとできた」とうれしさが込み上げたと振り返る。
9月下旬のパテコン応募締め切りに向けて、夏休みは試作機を製作するために学校の実習室で過ごした。設計図に従って金属を削ったり切ったりしながら部品を一つ、一つ作る作業は大変ではあったけれど、楽しかったようだ。出来上がった試作機は意図していたように機能したが、対戦したかった左利きの友人とは専攻が異なることもあって会う機会がなく、まだ対戦は実現していないそうだ。「彼はすごくパワーアップしているので、装置が壊れるかもしれない」から、強度を上げた上で対戦したいとのこと。試作機ができた後は応募書類の作成が待っていたが、小学生の頃から読書感想文など文章を書くのはわりと好きだったので、あまり苦労しなかったという。優秀賞を受賞して特許の出願書類を書く際には、明細書の特殊な書き方が難しくて何度も指導弁理士とやりとりをして書き上げた。「自分で書いてみて、他の人が書いた明細書の内容がわかるようになりました」という。また応募後に考案した、対戦で負けている側に不利になる金属製グリップの重さを相殺できるカウンターウエイトを搭載するアイデアも出願書類には盛り込んだ。
桑原さんは優秀賞が決まった後、過去の特許庁長官賞の受賞作品を検索して社会課題を意識したテーマが多かったので「自分の発明は選ばれないだろう」と思っていたから、受賞の知らせには「驚いた」そうだ。桑原さんに応募してよかったことを尋ねると「高専在学中に記憶に残ることができてよかったです。ネットやゲームをいくらやっても記憶には残らないですから」という答が返ってきた。リアルな体験の大切さなのかもしれない。自動車メーカーに就職が決まっている桑原さんは「受賞と出願の経験によって、職場での開発について手を挙げやすくなったと感じています」と、新たなフィールドでの抱負を語った。
西本教授は桑原さんの快挙について「これまでパテコンでなかなか成果が出なかったので、とてもうれしいですし、後輩たちの刺激になると思います。知財の講義で桑原さんの応募書類を実例として提示できるので、今後、パテコンを身近に感じて応募したいという学生が増えることを期待しています」と話してくれた。