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X.各種交流プロジェクト

MIPLC Conference on CII 報告

 本年5月16日、ドイツ ミュンヘン ヨーロッパ特許庁において、MIPLC (Munich Intellectual Property Law Center)、European Patent Academy (ヨーロッパ特許庁(EPO)の研修教育機関)、日本弁理士会、VPP(Association of IP Experts)の共催により、CII (Computer Implementation Invention)についての欧州、米国、日本の実務をテーマとしたセミナーが開催され、150名余の参加者が聴講し、参加者からも日米欧の実務の相違が浮き彫りになったと好評であった。日本弁理士会国際活動センターでは、同セミナー対応のためのプロジェクトチームを、ソフトウエア委員会のメンバーを含めて結成して(プロジェクトリーダ:小西)対応し、2名のスピーカを派遣した。以下、同セミナーの概要及び内容につき報告する。

《アジェンダ》
5月16日(金)
1.9:00〜9:15  共催者挨拶

2.9:15〜11:00  Computer Implemented Inventions in Europe
 (Moderator: Wolrad Prinz zu Waldeck und Pyrmont, LL.M. IP (GWU), MIPLC)
 “Examination of Computer Implemented Inventions, in particular Methods for Doing Business, at the EPO” (Dr. Jorg Machek, Director, EPO)
 “The Practice of the German Patent and Trademark Office and the German Federal Patent Court” (Christian Appelt, Boehmert & Boehmert)
 “Patentability of Computer Implemented Inventions ? Case Law of the Bundersgerichtshof” (Prof. Dr. Peter Meier-Beck, Judge at the German Federal Court of Justice)

3.11:00〜13:10  Computer Implemented Invention in Japan
 (Moderator: Prof. Dr. Heinz Goddar, University of Bremen/ MIPLC)
 “Obtaining Patents on Computer Implemented Inventions in Japan (川上桂子(プロジェクトメンバー、ソフトウエア委員会)、大澤豊(プロジェクトメンバー、ソフトウエア委員会)
 “Protection of Software Patent in Japan” (玉井克哉教授、RCAST, 東京大学)

4.14:30〜16:00  Computer Implemented Invention in the U.S.A.
 (Moderator: Prof. Dr. Dres. H.c. Joseph Straus, MIPLC)
 “Obtaining Patents on Compuer Implemented Inventions in the U.S.A.” (Prof. Martin J. Adelman, The George Washington Univ. Law School)
 “Enforcement of Patents on Computer Implemented Inventions in the U.S.A.” (The Honorable Randall R. Rader, U.S. Court of Appeals for the Federal Circuit)

5.16:00〜17:00  Panel Discussion

《日本からの参加者》
 正林真之副会長、柳田征史国際活動センター長、川上桂子プロジェクトメンバー(ソフトウエア委員会、スピーカ)、大澤豊プロジェクトメンバー(ソフトウエア委員会、スピーカ)、市原政喜プロジェクトメンバー(ソフトウエア委員会委員長)、松下正(ソフトウエア委員会)、来栖和則(ソフトウエア委員会)、長谷川靖(H19年度ソフトウエア委員会)、小西恵国際活動副センター長(プロジェクトリーダ)


《講演内容》
1. Computer Implemented Inventions in Europe

(1) 「EPOにおけるコンピュータ関連発明、特にビジネス方法に関する審査実務」 (Dr. Jorg Machek, Director, EPO)
コンピュータ関連発明保護の法的根拠:コンピュータプログラム関連発明の法的根拠は、EPC Art. 52 (1)〜(3)に求めることができ、コンピュータプログラム自体(Programs for computers as such)は発明でないものとして護対象から除外されている。EPC上発明の積極的定義は存在しないが、EPO審決において、技術的特徴(technical character)を有しないものは発明でないと判示され(T 258/03-HITACHI case)、規則上も、技術的特徴とは、技術的分野に属し、技術的課題に関するものであることを要する(R.42)とされている。技術(technical)自体についての定義はEPOには存在しないが、ちなみにドイツ最高裁の定義によれば、「制御可能な自然力の応用による体系的処理手順」を意味するものとされている(Antiblockiersystem: GRUR 1980, 802)。コンピュータプログラムが、発明でない「コンピュータプログラム自体」から脱して保護対象となるためには、「さらなる技術的効果(further technical effect)」が必要であるものとされている(T1173/97 ? IBM)が、技術的特徴ないし効果は、必ずしも新規な構成によるものである必要はない。

審査実務:EPOの進歩性判断審査実務においては、クレームの構成要件を、まず技術的構成要件と非技術的構成要件とに峻別し、非技術的構成要件は技術的課題に向けられたものではないため、進歩性を肯定する根拠とされない。ビジネス方法に関するクレームの場合、最も近い先行技術(closest prior art)は、クレーム中の技術的構成要件についてのみ開示しているものをサーチすればよいので、ごく一般的なコンピュータシステムを開示しているものであれば足りる。

サーチ実務:サーチレポートにおける先行技術は、クレーム発明中の技術的特徴に関してのみ引用されればよい(Rule 61の解釈)。クレーム発明の主題が非技術的構成要件のみのビジネス方法に過ぎない場合は、サーチを行なわない旨の宣言を行なうことができる(Rule 63)。

(2) 「ドイツにおけるコンピュータ関連発明」(Christian Appelt, Boehmert & Boehmert)
ドイツにおけるコンピュータ関連発明保護の変遷:1998年頃まで、ドイツではクレームの中心限定主義の影響で、コア・ドクトリン(発明のコアが技術的でなければ発明として保護されないとする考え方)を採用していたが、その後、「さらなる技術的効果」を要件とする考え方に移行し、EPOでの実務と平仄してきたと思われたが、2001〜2004年にかけては、「発明の顕著な特徴(prominent feature)が技術的であれば保護対象となる」との考え方がドイツ最高裁により示され、ややコア・ドクトリンの考え方に回帰した。2000年以降、コンピュータ関連発明をどの程度特許制度で保護すべきかとの政治的論議があり、近年のドイツ特許裁判所での判断コンピュータプログラム関連発明の考え方も区々である。ただし、「顕著な特徴」は発明の成立性を判断する上で認定することが必要となるものであり、新規或いは進歩性を有するものである必要はない(FCJ: “Logic Verification”)。コンピュータ関連発明について進歩性が否定された事案は多数あるが、顕著な例として、人間工学上の改良に関する発明を人間のニーズに基づくものであるため技術的課題に関するものでなく、進歩性が否定された事案がある(FPC 2006, 17 w (pat) 10/04)。

(3) 「ドイツ最高裁におけるコンピュータ関連発明に関する裁判例」 (Prof. Dr. Peter Meier-Beck, Judge at the German Federal Court of Justice)
ドイツ最高裁での発明の成立性及び進歩性の判断:ドイツ最高裁においては、コンピュータを利用したビジネス方法の技術的側面(technical aspects)のみが、進歩性肯定の根拠となる(159 BGHZ 197 =36 IIC 242- “Electronic Payment System”)。この点において、EPOでの進歩性判断実務と平仄している。

2. Computer Implemented Inventions in Japan

(1) 「日本におけるコンピュータ関連発明についての特許取得実務」 (川上桂子(プロジェクトメンバー、ソフトウエア委員会)、大澤豊(プロジェクトメンバー、ソフトウエア委員会))
発明の成立性:特許法2条1項における発明の定義「自然法則の利用」は、コンピュータ関連発明に関する審査基準において、ソフトウエアとハードウエア資源との協働により実現される特定の手段がクレーム上規定されていることを要する、と解釈されている。つまり少なくともクレーム上、データ入力、処理の詳細、データ出力、処理手段により利用される特定ハードウエア資源への言及、がない限り、発明の成立性は肯定されない。知財高裁も現在のところ、JPOでの発明の成立性の審査実務を肯定している(平19(行ケ)10698号)。
進歩性実務:JPOでは、EPOと異なり、クレームの構成要件のすべてを、技術的構成要件か非技術的構成要件かに拘わりなく、進歩性判断において参酌する。
・実例の紹介:「商品配送見積もり方法」に関する出願(日本出願:特願1994-522457、対応EP出願:94912949.8、EP審決 T0154/04- 3.5.01)の実例が紹介された。日本では発明の成立性違反の拒絶理由を経て補正を重ねることにより登録されたが、EPOでは発明の成立性は問題とされずに進歩性なしとして拒絶が確定した事案である。

(2) 「日本におけるソフトウエア特許の保護」 (玉井克哉教授、RCAST, 東京大学)
コンピュータ関連発明の保護についての日米欧の比較:日本は、発明の成立性判断は厳格だが、進歩性判断においては非技術的特徴も考慮する。EPO及びドイツは、発明の成立性判断は緩やかだが、進歩性判断において技術的特徴のみを考慮する。米国では、発明の成立性判断基準は緩やか、かつ進歩性判断において非技術的特徴も考慮する。

審査基準の位置付け:日本におけるコンピュータ関連発明の実務は、審査基準を根拠とするが、審査基準自体は、拘束力もなく、特許庁内の内規に過ぎないが、事実上実務家はこれに即して実務を行なわなければならない。知財高裁判事(三村判事)も、審査基準は審査官の見解に過ぎず、裁判官はこれとは独立に判断すると述べている。

裁判例の紹介:Hoya Corp. v. TOKAI Optical Co., Ltd. (東京地裁2007年12月14日判決)が紹介され、ソフトウエア特許についてのクレーム範囲が狭く、かつ審査手続中に狭く補正しなければ特許されないため、均等論の第5要件(意識的除外:審査経過参酌)を充足しないため均等論の適用の余地もなく、権利行使の実効性がない点についての問題提起がされた。

3. Computer Implemented Inventions in the U.S.
(1) 「米国におけるコンピュータ関連発明の権利取得」 (Prof. Martin J. Adelman, The George Washington Univ. Law School)
米国におけるコンピュータ関連発明保護の変遷:米国特許法は、101条で、特許保護対象を規定している。1982年のCAFC設立前から4つの最高裁判決において、科学的発見自体に属さず、実用的応用(practical application)がある限り、コンピュータ関連発明は特許適格性を有するとの101条の広い解釈が採用されてきた。1981年のDiamond v. Diehr最高裁判決においては、「太陽の下、人間により創られたあらゆるもの」に特許適格性があり、特許適格性を有しない発明主題は、「自然法則、自然現象、及び抽象的アイディア」だけであるものと判示された。

(2) 「CAFCにおけるコンピュータ関連発明の判断、権利行使」 (The Honorable Randall R. Rader, U.S. Court of Appeals for the Federal Circuit)
CAFCにおけるコンピュータ関連発明の特許適格性:コンピュータプログラムは、人間の偉大な英知の成果であり、基本的に特許による保護が与えられるべきであり、コンピュータプログラムだけが保護対象から当然に除外されるべきでない。米国において特許適格性が認められる要件である”useful, concrete and tangible result”(State Street Bankケースで再確認された基準)は、特許適格性がない人間の精神的ステップ(mental steps)を除外するのに必要かつ充分である。特許適格性に技術を要求するのであれば、技術とは何か、の定義を持つべきである。

4. 所感(日米欧間でのコンピュータ関連発明の発明の成立性及び進歩性実務の相違について)
日欧間の相違について:コンピュータ関連発明の実務について、米国が極めて緩い基準を以って特許付与していることは周知であるが、日本と欧州との相違について実務家に充分理解されているとはいえない。本セミナーでは、この点、欧州では、HITACHI審決以来、発明の成立性は緩やかに認めつつ、進歩性判断においてはクレーム中の技術的課題に向けられた技術的構成要件しか考慮されないという実務が採用されていることが明確にされ、日本における発明の成立性がハードウエア資源とソフトウエアとの協働がクレームに記載されていなければならない点で厳格である(日本では「単なる設計事項」が進歩性否定のため多用されており、オールエレメントルールであるとはいっても、進歩性判断が欧州より緩やかであるとは必ずしも首肯できないが)実務との相違が浮き彫りにされ、有益であった。
ビジネス方法を含むコンピュータ関連発明に必ずしも広く強い保護を与えるべきでないとの思惑で一致する日欧において、発明の成立性は、詳細な先行技術サーチを行なうことなく、特許出願を容易に門前払いすることのできる政策的特許要件として機能する側面があるが、欧州では、特にビジネス方法発明については、発明の成立性を容易に肯定しても、クレーム発明中技術的構成要件についてだけ先行技術サーチを行なえばよく、ごく一般的なコンピュータシステムを開示する先行技術を引用することによって容易に進歩性を否定することができるから、審査官のトータルワークロードはどちらのやり方でも変わることはないものと理解される。
むしろ、日本において、発明の成立性のハードルが高いことにより、必要以上にコンピュータの内部処理や数式等までクレームに記載しないと特許されないため、狭すぎるクレームが権利行使の実効を失わせる点が問題なのではないかと再認識した。

米国の実務の今後について:緩やかな特許適格性及び進歩性の基準を採用することにより、ビジネス方法やコンピュータ関連発明について積極的に特許を付与してきた米国も、特許の質の低下や訴訟防御コストの高騰の問題を背景として、コンピュータ関連発明の保護を制限する方向で転換点にある。KSR最高裁判決以降、コンピュータ関連発明にも従前よりも厳格な進歩性判断基準が適用されることとなったが、特許適格性についてもBilski CAFC 大法廷審理(先物取引に関する発明)において、State Street Bank事件判決の緩やかな基準を再考してより厳格な基準が採用されるのではないかと予想されており、動向が注目される。

以上
(報告者:小西 恵)

※プレゼンテーション資料は、以下のURLからご覧になれます。
 http://www.miplc.de/en/cii/information/schedule/



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