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「一太郎」特許権侵害訴訟
−松下のアイコン特許は無効、ジャストが逆転勝訴!−

平成17年(ネ)第10040号特許権侵害差止請求控訴事件

 平成17年9月30日、知的財産高等裁判所は、松下電器産業のアイコン特許を無効とし、ジャストシステムが製造・販売する日本語ワープロソフト「一太郎」とグラフィックソフト「花子」の差し止めを認めた東京地方裁判所の原判決 を取り消し、松下電器産業の差止請求を棄却しました。

 以下、この控訴審判決の要旨を解説いたします。

(1)本件特許第2803236号

 松下電器産業が持っている本件特許には3つの請求項があります。そのうち、請求項1は本件発明を「装置」というカテゴリーで特定したもので,請求項3は本件発明を「方法」というカテゴリーで特定したものです。請求項1および3は具体的には次のように記載されています。

  【請求項1】 アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン,および所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコンを表示画面に表示させる表示手段と,前記表示手段の表示画面上に表示されたアイコンを指定する指定手段と,前記指定手段による,第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定に応じて,前記表示手段の表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示させる制御手段とを有することを特徴とする情報処理装置。

  【請求項3】 データを入力する入力装置と,データを表示する表示装置とを備える装置を制御する情報処理方法であって,機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン,および所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコンを表示画面に表示させ,第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定に応じて,表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示させることを特徴とする情報処理方法。

(2)ジャストシステムの「一太郎」と「花子」

 ジャストシステムは,日本語ワープロソフト「一太郎」とグラフィックソフト「花子」を製造・販売しています。すなわち、ジャストシステムは、これらのコンピュータプログラム自体を製造したり販売したりしていますが、これらをプレインストールしたパソコンを製造したり販売したりはしていません。インストールは専らこれらを購入したユーザによって行われています。ユーザはインストールした「一太郎」等をパソコン上で起動することにより、汎用のパソコンをワープロ機(装置)として使用しています。

 「一太郎」等を起動すると、編集画面の上方のツールボックス内に「ヘルプモード」ボタンと「印刷」ボタンが表示されます。「ヘルプモード」ボタンには「?」の記号とともにマウスの絵が描かれ,「印刷」ボタンにはプリンタの絵が描かれています。「印刷」ボタンをクリックすると,文書の印刷を実行するための設定画面が表示されますが,「ヘルプモード」ボタンをクリックし,その次に「印刷」ボタンをクリックすると,印刷の設定画面ではなく、「印刷」ボタンについての説明が表示されます。

(3)争点

 この裁判では次の4つの点について争われました。
(1)「一太郎」等をインストールしたパソコン及びその使用が本件発明の構成要件を充足し、その技術的範囲に属するか否か(争点1)
(2)間接侵害が成立するか否か(争点2)
(3)本件特許は無効で,本件特許権の行使は許されないか(争点3)
(4)ジャストシステムの追加的な主張・立証が時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべきか(争点4)

(4)知財高裁の判断

(1)争点1(構成要件充足性)について

 知財高裁は、原判決とほぼ同じ理由により、「一太郎」等の「ヘルプモード」ボタンは本件発明の「第1のアイコン」に該当し、「印刷」ボタンは「第2のアイコン」に該当するとして、「一太郎」等をインストールしたパソコン及びその使用は,本件発明の構成要件を充足し,その技術的範囲に属する,と判断しました。

 まずここがわかりにくいと思いますが、実は、「一太郎」それ自体が本件特許の権利範囲に入ると判断されたわけではありません。本件特許の請求項1をもう一度よく読んでみてください。請求項1は、特定の機能を持った「情報処理装置」を特定したもので、コンピュータプログラムそれ自体を特定したものではありません。請求項1の「情報処理装置」は、「一太郎」というコンピュータプログラムをパソコンにインストールすることによって初めて製造される「物」なのです。したがって、「一太郎」それ自体が請求項1の「直接侵害」になることはなく、あくまで「『一太郎』をインストールしたパソコン」が「直接侵害」になる可能性があるに過ぎません。

 同様のことが請求項3にも言えます。請求項3は、特定の手順に従った「情報処理方法」を特定したもので、コンピュータプログラムそれ自体を特定したものではありません。請求項3の「情報処理方法」は、「一太郎」というコンピュータプログラムをパソコンにインストールし、さらに「一太郎」を起動することによって初めて使用される「方法」なのです。したがって、「一太郎」それ自体が請求項3の「直接侵害」になることはなく、あくまで「『一太郎』をインストールしたパソコンの使用」が「直接侵害」になる可能性があるに過ぎません。

 本件では、ジャストシステムは「一太郎」それ自体を製造・販売しているのであって、「『一太郎』をインストールしたパソコン」を販売・製造したり、「『一太郎』をインストールしたパソコン」を使用しているわけではありません。したがって、ジャストシステムは決して本件特許を「直接侵害」していることにはなりません。

 この点を考慮し、知財高裁は、まず「一太郎」をインストールしたパソコン及びその使用が本件特許の権利範囲に属すると判断した上で、「直接侵害」にならないとしても、次の「間接侵害」になるか否かを判断しました。

(2)争点2(間接侵害の成否)について

 間接侵害になる行為は、特許法101条に4通り規定されています。本件ではそのうち、101条2号と4号に規定される間接侵害が成立するか否かについて判断されました。特許法101条は、「物の発明」と「方法の発明」に場合を分け、次に掲げる行為は特許権を侵害するものとみなすと規定しています。

「二 特許が物の発明についてされている場合において、その物の生産に用いる物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であってその発明による課題の解決に不可欠なものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら、業として、その生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為

 四 特許が方法の発明についてされている場合において、その方法の使用に用いる物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であってその発明による課題の解決に不可欠なものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら、業として、その生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為」

 本件特許の請求項1は「情報処理装置」という物の発明を特定し、請求項3は「情報処理方法」という方法の発明を特定しています。そのため、請求項1の「物の発明」については「一太郎」の製造・販売行為が特許法101条2号の行為に該当するか否か、請求項3の「方法の発明」については「一太郎」の製造・販売行為が特許法101条4号の行為に該当するか否かについて審理されました。

 まず請求項1の「物の発明」について、知財高裁は、「一太郎」をパソコンにインストールすることは請求項1の「情報処理装置」の「生産」に該当し、「一太郎」はその「情報処理装置」の生産に用いる物に該当するとして、特許法101条2号に規定される「間接侵害」が成立すると判断しました。

 しかしながら、請求項3の「方法の発明」については、知財高裁は、「一太郎」はその「情報処理方法」の使用に用いる物に該当しないとして、特許法101条4号に規定される「間接侵害」は成立しないと判断しました。

(3)争点3(本件特許権の行使の制限)について

 本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、松下電器産業はジャストシステムに対しその特許権を行使することができません(特許法104条の3)。ジャストシステムは本件特許の無効を立証するために、原審で提出されていない新しい証拠、乙18文献(ヴィッキー・スピルマン=ユージン・ジェイ・ウォング著「HPニューウェーブ環境ヘルプ・ファシリティ」,1989年〔平成元年〕8月発行) を提出しました。乙18文献は,本件特許出願(平成元年10月31日)前に外国において頒布された英語の刊行物で、次の記載がありました。

 「ユーザが,ヘルプ・プルダウン・メニューからスクリーン/メニュー・ヘルプを選択すると,カーソルがクエスチョンマーク型に変わり,ユーザが特別なヘルプ・モードにいることを示す。ユーザは,クエスチョンマーク・カーソルをスクリーン上であちこちに動かし,カーソルが関心のあるエリアにあるときにマウス・ボタンをクリックすることができる。この行為は言葉にすると,参照されたエリアを指しながら“これは何?”という質問をすることに相当する。スクリーン/メニュー・ヘルプは,ユーザがアプリケーション・ウインドウにある何についてもヘルプを得ることを可能とし,それにはプルダウン・メニュー,アイコン,及びフィールドが含まれるかもしれない。?モードがアクティブにさせられたとき,ヘルプ・プルダウン・メニュー中の『スクリーン/メニュー・ヘルプ』アイテムは,『キャンセル・ヘルプ』に変わり,これはヘルプ・トピックを選択する必要なしにユーザがそのモードを抜けることを可能とする。ユーザがスクリーン/メニュー・ヘルプをアクティブにし,アイテムを選択したとき,ヘルプ・ウインドウは,その選択を実行するのではなくそのアイテムについての情報を表示する。」

 知財高裁は、これらの記載を踏まえ、本件発明と乙18発明の相違点を、「アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる『機能説明表示手段』が,本件発明では『アイコン』であるのに対し,乙18発明では,『スクリーン/メニュー・ヘルプ』アイテムである点」と認定しました。そして、本件特許出願当時,「アイコン」も「メニューアイテム」も周知の技術事項で、乙18発明において,「スクリーン/メニュー・ヘルプ」アイテムに代えて「アイコン」を採用することは,当業者が容易に想到し得ることというべきであると判断しました。その結果、本件発明には進歩性(特許法29条2項)がなく,特許無効審判により無効にされるべきものと認められました。

 ジャストシステムは原審でも本件特許の無効を立証するために、本件特許出願前に公開された公開特許公報(特開昭61−281358)を提出しています。この公報にも本件発明の技術的特徴はほぼ記載されていたのですが,バーチャルなアイコンではなく,リアルなキーボードのキーを用いたものが記載されていました。そのため、原審は「キーボードのキーをこれとは質的に相違するアイコンに置き換えることは示唆されていない」として、この特許公報により本件発明の進歩性は阻害されないと判断していました。 これに対し、知財高裁は、今回の控訴審で提出された乙18文献を新たに採用し、本件発明には進歩性がないと新たに判断したのであって、原審のした進歩性の判断を直ちに誤りと判断したわけではありません。乙18文献は、原審で提出された公開特許公報よりも本件発明に近い技術を開示しており、私は、知財高裁のした無効の判断は妥当なものと思っております。

(4)争点4(時機に後れた攻撃防御方法)について

 松下電器産業は,ジャストシステムが新たに提出した特許無効等に関する主張・立証は時機に後れたものとして却下されるべきであると主張しましたが、知財高裁は、原審は4か月足らずと極めて短期間で審理されたこと、特許無効に関する主張・立証は当審の審理の当初に提出されたこと、新たに追加された文献は外国で頒布された英語の文献で、15年近くも前に頒布されたものであること、などを考慮し,このような公知文献を調査検索するためにそれなりの時間を要することはやむを得ないと述べました。

(5)注目ポイント

 今回の判決で注目すべきポイントとして、次の事項を挙げることができます。

(1)知的高裁による初の大合議判決であること。

 知的財産高等裁判所は、政府主導で進められている知的財産重視政策の一環として、平成17年4月1日に設置されたばかりの知的財産訴訟のための専門裁判所です。知財高裁は、特許庁の審決取消訴訟のほか、特許等の侵害訴訟については全国の地方裁判所が下した一審判決の控訴事件に対して専属管轄を有しています。審理は原則として3名の裁判官で行われますが、必要に応じて5名の裁判官で行われ、これを「大合議」と呼んでいます。知財高裁は設立後、既に十数件の判決を出していますが、大合議判決は今回が初めてです。大合議判決は先例として、今後の下級審判決に対して大きな影響を及ぼすと考えられます。

(2)特許を無効とし、権利行使不可能と判断したこと。

 本件では、平成16年の法改正で新設され、平成17年4月1日に施行されたばかりの特許法第104条の3の規定が適用されました。この規定は、特許が無効にされるべきものと認められるときは、特許権を行使することができない、というものです。 「特許に無効理由が存在することが明らかであるときは、その特許権に基づく差止め、損害賠償等の請求は、特段の事情がない限り、権利の濫用に当たり許されない」と判示した平成12年4月11日のキルビー最高裁判決以降、侵害訴訟においても特許が無効か否かが争われるようになりましたが、今後は、明白性要件のない新設の特許法第104条の3の下で、従前よりも積極的に争われていくことになりそうです。

 本件は、訴えの提起(平成16年8月5日)から控訴審判決の言い渡し(平成17年9月30日)まで14か月足らずと極めて短期間で一審・二審と審理されました。審理期間が短いことは喜ばしいことである反面、侵害被疑者にとっては、その短い期間に特許を無効にできる有力な公知文献を探し出さなければならないことを意味しています。侵害訴訟を提起されてから公知文献の調査を開始するのではなく、できる限り早期に開始する必要があるでしょう。

 また、特許庁では職権で公知技術等の調査ができる職権探知主義の下で審理するのに対し、裁判所では当事者が提出した証拠に拘束される弁論主義の下で審理する点や、特許庁では技術をバッググラウンドに持つ審査官・審判官が審理するのに対し、裁判所では技術をバックグラウンドに持たない裁判官が審理する点で相違していますので、これらの点に注意が必要です。

 本件で問題となったヘルプの表示方式はマイクロソフトの汎用OSでも採用されているパソコンユーザの間で広く知られた技術であったため、本件発明の特許性に疑念を感じた方も多かったと思われます。しかし、本件特許は今から約16年前の平成元年10月31日に出願されたものです。本件発明の特許性は現時点ではなくこの出願日を基準に判断されます。現時点では当たり前の技術のように思えるものであっても、出願日よりも前に同じ発明(新規性なし)か、公知発明から容易に創作できるような発明(進歩性なし)であることを立証できない限り、特許は無効と認められません。弁論主義の下では特に、当たり前だと思ってしまう技術も忘れることなく丁寧に立証していくことが重要でしょう。

(3)コンピュータプログラムに対する装置特許の間接侵害を認めたこと。

 プログラムをパソコンにインストールすることは物の「生産」に該当するとした点、さらに進んで、特許が物の発明についてされている場合において、プログラムはその物の生産に用いる物に該当し、プログラムの製造・販売が装置特許の「間接侵害」に当たるとした点は、私の知る限り、初めての司法判断です。

 特許法101条2号は平成14年の法改正で新しく追加された規定で、平成15年1月1日に施行されました。改正前から存在している特許法101条1号は「その物の生産にのみ用いる物」と規定されているため、この規定をプログラムの製造・販売行為に適用することの困難性が指摘されていました。本判決では、平成14年の法改正で新設された特許法101条2号が有効に機能し、装置特許でもプログラムの製造・販売行為を特許権侵害として追求できることが明らかになりました。

(4)コンピュータプログラムに対する方法特許の間接侵害を認めなかったこと。

 その一方で、特許が方法の発明についてされている場合において、プログラムはその方法の使用に用いる物に該当せず、プログラムの製造・販売は方法特許の「間接侵害」に当たらないとした点は、今後の裁判実務だけでなく、特許の出願実務にも大きく影響を及ぼすものと思われます。

 本件特許の請求項3の「方法の発明」については、実は、新聞等で報道されるように本件特許の無効が直接の理由となってジャストシステムが逆転勝訴したのではなく、本件特許の有効・無効に関係なく、そもそも「一太郎」の製造・販売行為は「直接侵害」はもちろんのこと、「間接侵害」も成立しないと判断されたことによるものです。

 知財高裁は、「一太郎」をインストールしたパソコンの製造・販売は特許法101条4号の「間接侵害」に該当し得るとしたものの、「同号は,その物自体を利用して特許発明に係る方法を実施することが可能である物についてこれを生産,譲渡等する行為を特許権侵害とみなすものであって,そのような物の生産に用いられる物を製造,譲渡等する行為を特許権侵害とみなしているものではない。」という新しい法律解釈を述べ、これを本件に適用し、ジャストシステムの行為は,当該パソコンの製造・販売ではなく,当該パソコンの生産に用いられる「一太郎」の製造・販売にすぎないから,4号の「間接侵害」に該当しないと判断しました。

 この知財高裁による新しい法律解釈およびこの解釈の本件への適用の当否については、当会のソフトウエア委員会を初め、弁理士・弁護士、企業の知的財産担当者等の実務家や学者等の間で議論されることになるでしょう。

ソフトウエア委員会 上羽 秀敏

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